情報労連「広島ピースフォーラム2025」は、8月4日~6日の3日間、広島市内で全国から約150名が参加し開催された。
退職者の会は、中央協議会から髙橋副会長、千葉支部協議会上田常任幹事、奈良支部協議会阿部会員、高知支部協議会松田常任幹事の4名が参加、オブとして千葉支部協議会2名、大阪支部協議会2名、京都支部協議会2名、奈良支部協議会1名、兵庫支部協議会1名の8名と、地元広島支部協議会が参加し、被爆地ヒロシマの80年間を体感し、平和や核廃絶に向けた諸課題などを学習した。
8月4日
一日目は、13時30分より、ワークピア広島(会場)で、「広島ピースフォーラム2025」が開会された。
はじめに1分間の黙とうを捧げた後、主催者を代表して情報労連高代(たかしろ)副中央執行委員長は、「被爆80年をむかえる。原爆の恐ろしさや戦争の悲惨さを語り継ぎ継承していかなければならない。現在世界では核弾頭が増加し、米・ロシア・北朝鮮・インド・パキスタン…、『核の抑止力』が潮流となっているが警笛を鳴らすべきである。また、日本政府は、『核兵器禁止条約』を批准せず、締結国会議へオブザーバー参加さえしていない。軍拡へ舵を切るかのような日本政府に自覚と責任を求め、平和への道を追求していかなければならない。平和を実現するため、一人ひとりが平和を『自分事』として捉え、考えてもらいたい。」とあいさつした。
次に、組織内・吉川沙織参議院議員があいさつし、「皆さんのおかげで4期目の議席を頂いた。平和への思いを共有し、国会議員として核兵器廃絶など平和活動に取り組む。」と述べた。
その後、導入学習として、NTT労組広島原爆被爆者・二世協議会の西廣政雄氏から、胎内被爆をし、その後の後遺症の苦しみや社会の偏見など大変な人生をおくられたとのお話しを伺った。続いて、被爆体験証言として、広島県被団協・被爆を語り継ぐ会の田中聰司氏からは被爆時やその後の経験と日本被団協での核廃絶に向けた取り組み、特別講演として、ピースボート共同代表の川崎哲氏からは核廃絶に向けた取り組みや核兵器禁止条約に係る諸課題についてお話を聞き、学習した。
一日目の最後に、袋町ビル・基町ビル・比治山ビルの市内3ヶ所で慰霊式が行われた。退職者の会参加者は、基町ビルの慰霊式に参加し、黙とう・持参した水を献水するとともに千羽鶴を捧げ、犠牲になられた電気通信労働者の先輩方のご冥福をお祈りし、平和への思いを新たにした。
8月5日
二日目は、午前中は「平和公園ピースウォーク」として、原爆死没者慰霊碑・韓国人犠牲者慰霊碑・原爆供養塔・相生橋・原爆ドーム・動員学徒慰霊碑・爆心地(島病院)・原爆の子の像・教師と子供の像・広島平和記念資料館を見学した。
午後は「被爆建物ウォーク」として、御幸橋・被服支廠・日赤病院・NTT十日市ビル・広島城(大本営、防空作戦室)・旧日本銀行広島支店・袋町小学校を巡り、戦争・被爆地の実相に触れ、原爆の恐ろしさ、平和の大切さをあらためて思った。
その後、「連合2025平和ヒロシマ集会」へ参加した。集会は、連合本部芳野会長、連合広島大野会長より、核兵器廃絶や恒久平和の実現に向けての決意をこめたあいさつや、海外来賓者の紹介とあいさつがあった。
また、切明 千枝子(きりあけ ちえこ)氏(95歳)より被爆体験証言があり、思い返したくない記憶ではあるが、女学生だった15歳で被爆した体験が平和を守ることにつながればと思って証言活動を続けていると話され、被爆者の方々の80年の人生に思いをはせた。
その後、19時過ぎとなったが、平和公園に移動し、原爆ドーム前で行われた「連合・原爆死没者慰霊式」に参加し、黙とうと献花を行い、原爆の犠牲になられた方々のご冥福をお祈りした。
8月6日
三日目は、午前8時よりワークピア広島で、「広島平和記念式典」に映像にて参加し、原爆が投下時刻の午前8時15分に黙とうを捧げた。
その後、参加者全員による原爆詩の朗読、パネル展を見学した後、まとめ集会が開催され、中央本部青木運動推進局長が、3日間の振り返りと「平和を創り育てるためには、一人ひとりが行動することが不可欠である。本フォーラムで学び感じたことを、周囲に伝える具体的な行動をお願いする。」とあいさつした。
また、準組織内・森本しんじ参議院議員(広島選挙区)が駆けつけ、「核兵器廃絶」「恒久平和」に向けた決意を述べられあいさつとした。
次に、情報労連平和四行動をつなぐピースリレーとして、「広島ピースフォーラム2025」から「第36回長崎平和フォーラム」を実施する長崎県協へとピースフラッグ手渡された。
最後に核兵器廃絶並びに世界の恒久平和に向けた取り組みを誓う「広島アピール」を採択し3日間の行動を終了した。
今年は戦後・被爆80年の年であり、広島には国内外から大勢の人が訪れていた。
証言者から、「原爆であまりに大勢の人が亡くなり、今も土の下には遺骨が残されている。『踏んずけてごめんね』と言って歩いてほしい。」と言われ、戦争がいかに悲惨で恐ろしく、消えるものでないことを実感した。
広島の地で平和について考える機会を頂き、平和を創り・育てる行動をしていく思いを強くした。


